ガンマー線
「江戸の仇を長崎で討つ」とは、意外な所、また筋違いの理由で仕返しをすることだ。だが、本当は「江戸の仇を長崎が討つ」が正しいらしい。江戸の飾り職人が大阪の竹細工に人気をさらわれたが、長崎のガラス細工が一世を風びしたので意趣返しができた、とのいわれに由来する。
この伝でいけば、国土交通省はタクシー車内の嫌煙権の仇を厚生労働省に討たれた、と言えよう。国交省には受動喫煙被害が社会問題化した後も、乗務員の嫌煙権をエゴとなじったり、乗客の喫煙を断れば接客不良と指弾してきた経緯がある。
一方、厚労省は先月、公共施設やタクシー、バスの原則全面禁煙に踏み切った。今後は労働安全衛生法に基づいて義務化を目指す。同じ政府部内ながら国交省の姿勢を否定した形だ。
国交省を目の敵に50年間も嫌煙権を訴え続け、88年に禁煙タクシー第1号の認可を受けた東京都杉並区の個人タクシー事業者、安井幸一さん(76)は、さぞかし溜飲を下げているだろう。そう思って訪ねると、案に相違して不満そうに喫煙車が依然、幅を利かせている現状を嘆き、「罰則付きの法制化が実現するまで、安心できない」と気炎を吐いた。
十代の頃、愛媛県の結核療養所で、療友がタバコを吸った途端、かっ血死するのを目の当たりにしただけに一本気だ。受動喫煙のせいか、喉頭がんで手術を受けた身だが、仲間のタクシー乗務員の命と健康を守るため、法制化まで頑張る、と語る。
タクシーとタバコの関係には微妙な側面がある。乗務員の喫煙率は一般より高めだし、禁煙にすると乗務員の確保が難しくなる、といった声もある。だが、乗客と乗務員の健康被害を考えれば、狭い空間での喫煙はもはや許されまい。時代の要請に背を向けてきた国交省の不明と不作為の責任は、仇を討たれたからといって煙に巻くことはできそうにない。
【3月8日付(第2413号)東京交通新聞、一面代表コラム「ガンマー線」より】
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さっすがですね。
これこそまさにプロ編集者の文章。
この毎週定期購読している東京交通新聞の「ガンマー線」(←朝日新聞の天声人語みたいなやつ)、
かねてより本紙の中身よりよっぽか内容が充実してると注目していたのですが、
今回ばかりはあまりにも秀逸すぎて黙っていられませんでした。
その良識ある視点・論点は言うに及ばず、
幅広い知識や取材活動からの具体例、ウィットの効いたオチにいたるまでまさに完璧。
おそれいりました。
こんくらいの文章が書けるようになったらかっこええなぁ…。
今後とも、当個人タクシー事業活動における羅針盤の一つとして大切にしていきたいと思っております。
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